企業広告と商品広告の動向とその問題点
企業広告・商品広告とは・・・
企業広告とは、企業の経営方針や業績を大衆に伝えて企業の立場や現状の理解を求め、同時に企業に対する好意やイメージを創るものである。商品広告とは、商品もしくはサービスを消費者へ直接売り込むことを意図したものであるが現在では、企業広告と商品広告を明確に区分することをできなくしている商品・企業折衷タイプの広告が多くみられるようになったのである。
・広告の動向はどのように変化したか・・・
現在の広告において、企業広告は非常に高く評価されてきている。これまで、広告と言えば常に商品広告を指すほどであった。しかしこれに対し、企業広告が広告において重要な役割を認められてきたというのは、まず、商品広告に対する不満がともなうコンシュマリズム運動によって企業広告へと変えられつつあるからである。
60年代は企業の成長の時代であり、消費者は企業の成長と発展が、自分たちの生活を豊かにすると信じていた。しかし、70年頃から、消費者は自分たちの錯覚に気づき始めたのである。「日本のメーカーは、特に公害に関して正しい広告の原則をあざ笑っている。」消費者運動家、ラルフネーダー氏は、72年にこう言っている。
・企業広告の意味と発生について
企業広告発生への動向と、企業広告時代への移り変わりの原因理由として、一つには製品の格差がなくなった結果であり、企業差別の必要性が増してきたということである。もう一つの原因は、公害や欠陥商品問題に対する自社の態度を表明しなければならない企業が増えたということである。 欠陥商品や有害製品(たとえば、ニセ牛肉やニセレモンなど)に対する、大胆な抗争と告発は注目された。また、虚偽広告、誇大広告等に対する批判や、公害企業に対する批判などにより、企業イメージの低下を防ぐために、企業がイメージアップに力を注ぎ始めてきたからである。
・企業広告と商品広告の比較における企業広告のメリット・デメリットについて
商品広告において即座の販売効果を上げるのは、特殊な場合(たとえば景品付き広告など)を除いて、不可能であろう。何度も何度も繰り返されてこそ、効果が現われてくるのである。このような面においても商品の宣伝はは企業自体の宣伝であり、企業自体の宣伝は商品の宣伝であるがゆえに、企業広告は商品販売効果に直接繋がりを持ち、効果的であるのではないだろうか。しかし、また、企業がイメージアップのために出したアプローチが、企業の体制のために、具現化・行動化できない場合は、企業のデメリットとなることが多分にあると言えよう。
・企業広告の問題点についての考察
- 実質的企業との融離について
‘60年から’62年頃にかけて、久保田鉄工総合キャンペーンというのが行われた。それは「国つくりから米づくりまで」というのをスローガンに始められたのである。このキャンペーンは企業広告ともいえるが、実際には部門外広告または産業広告というかたちなのではないかと私は見ている。
‘70年は“企業広告時代の始まり”と言っていいのではないだろうか。その発端となったのが、富士ゼロックスの「モーレツからビューティフルへ」というキャンペーンである。ビューティフルというのは、ヒッピー的用語としての要素を持ち、キャンペーン全体に反体制の色彩が濃く、それだけに若い層に理解され、同調されたともいえるのである。一般的にいえば、企業の発言としてはかなり大胆なものであった。企業広告が何を主張するかは、まったく自由に任されているが、このキャンペーンに限らず、企業離れの傾向があらわれてきている。そして、このキャンペーンの成功は、企業広告がかなり企業離れしてもよいことを認めたのではないだろうか。しかし、どこまで離れてよいかが問題である。それだけに、企業広告における主張について、企業は慎重になるべきである。消費者と企業を結ぶものは、その主張の内容以外にはないのであるから。もし、主張に一貫性を欠いたり、ウソをついたりした場合、消費者の信頼をとりもどすことは、当然できなくなるのである。
2.広告の誇大性について
このキャンペーンの難点は、途中から、ダブルミーニング的にこの複写機が美しく清潔な仕事をすることを強調したが、キャッチフレーズの社会的主張の声が大きすぎたために、かえってソラゾラしくこじつけじみて聞こえたのである。やはり、商品との縁を切ることができないのが広告の宿命であるが、二重の意味をもつキーワードの提案が限度なのであろう。
富士ゼロックス社は、その後、ビューティフルキャンペーンとして「空をビューティフルに」や「ビジネスをビューティフルに」など、ビューティフルという一貫性を持たせ、それを基盤に、サブ的タイトルをつけキャンペーンを行なった。一年間に百二十本ほど創られたという。同じコピー、同じコンセプトを使って、消費者を飽きさせないというのは、技術的に大変難しいとも言われている。しかし、これでいいのだろうか。企業広告の訴求目的はなにか。自社の商品を売り、企業発展のためではないだろうか。社会的責任と企業目的が達成されてこそ良い広告が生まれるのではないだろうか。それからゼロックス社は“WHAT TODO NEXT”というキャンペーンなどを経て、野球審判をモデルにした現在の“BETTER COMMUNICATION”「あざやかであれ、正確であれ、個性的であれ」というキャンペーン(TVCF)に至っている。
このキャンペーンフィルムについて言えばビューティフルキャンペーンなどに対し、単純かつ簡潔になり、よりターゲットに近づいたと私は思うのである。ダイナミックな動きが力強さを表しているといえよう。今後の傾向はどうなるのであろうか。
Ⅰ.消費者との対話について
「お客様は、神様です。」売り手と買い手と名のつくところにはすべて、このような言葉があてはめられてきた。消費者を、「神様だ」「王様だ」と、もてはやし、「物を作れば必ず売れる」という考え方が通念であった。しかし、オイルショック等々により、不況・物価高で購買意欲は低下し、『消費者』は、発言し行動する『生活者』として変わってきたのである。
アメリカのフォード社では、‘70年に「一生懸命、耳を傾けます」(WE LISTEN BETTER)というキャンペーンを開始している。消費者との対話を通じて消費者のもつ疑問、提案、問題を広く、しかも個人的に処理することであった。フォード社は、一連の企業広告を通して、消費者利益に関して、消費者が直接フォード社に対して手紙を書くように促したのである。これからの時代は良質な商品、サービスを適正な価格で提供する企業が生き残っていくようになるであろう。
Ⅱ.企業の姿勢について
消費者意識は向上し、広告の非倫理性、ごまかし、表現上の悪趣味、現実や真実から飛躍した夢のような話などは、現在では厳しく批判されるであろう。また、自画自賛の企業広告は姿を消し、企業イメージは企業自身の社会への参加と貢献によってつくられていくようになるであろう。企業は新たな社会観、価値観、産業概念もろもろの企業ビジョンを提示し、商品やそれにかかわる生活をセルするようになるであろうし、また、そうするべきなのである。 1975・1・18 TAKAHIDE・ASAO